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結果達成のための手段(その2)

2012年12月26日
前回結果達成のための手段で、大切なのは、習慣的なやり方で結果を求めることを拒否して、新しい使い方を慣れたものになるまで体験する事です。と書きましたが、現在私自身が取り組んでいるこのテーマについて具体的に書きます。

私はもともとバストロンボーン(低い音を専門とするトロンボーン)奏者なのですが、フォーカル・ジストニアで低い音が出にくくなったので、普段の指導の仕事や、たまにある演奏の機会はテナートロンボーン(音域が高め)を演奏していることがほとんどです。

先日、突然数年ぶりにあるオーケストラから電話があり、ニューイヤーコンサート出演を依頼されました。そのオーケストラでは一度2番パート(テナートロンボーン)で仕事をしたので、当然2番だと思い引き受けました。

さて楽譜が届いてびっくり。3番(バストロンボーン)でした!ざっと楽譜に目を通しながら、この仕事を断るか、この時期で他の人が捕まるのか…頭の中をグルグルいろいろな考えが廻りました。結果、まあ何とかなりそうだと思い、練習を開始しました。



吹けない!

「音が出なかったらどうしよう」「周りの人たちにどう思われるだろう」なんていう感情で心は乱れ、出る音も出ない。

ハタと思いとどまり「意識的・建設的アプローチ」を試みました。
・演奏する箇所を決める
・その個所を演奏するためのプランを立てる(椅子に座り、楽器を持ち上げて自分に持ってくる。必要な息のスピードとアンブシュアの緊張、腕でスライドを動かす、常に頭が自由にバランスをとっている、など)
・その個所を演奏するときに必要ないこと(楽器の重さを股関節を固定することによって支える、顔を楽器に持っていく、アンブシュアがすべき仕事を喉や背中(笑)がする、スライドをうごかす時に首も使う、など)
・信頼できるプランが立って、不要なことが分かったところで、結果に対する執着をもう一度断ち切る。本当の結果への近道はこのプランであると確認する
・演奏し始めてもつねに習慣の誘惑・襲撃に負けずに、自分の選んだプランを信頼して遂行する
・しかし、「正しくやっているか?」を確認することはしない
・演奏箇所を終えたら、過ぎた演奏は受け入れ、うまくいった点、改善できる点を考える

ここでいくつかの発見がありました。

・細かい音符がうまくいかないのはタンギングとアンブシュアの協調の問題だと思っていたが、背中の下のほう、腰の上あたりの緊張をとくことを意識すると上手くいくようだ。
・演奏の結果について、音が「出た」「出ない」「いい音」「悪い音」事実上の差もあるが、録音して聞いてみると、自分の感情で色付けされている場合が多い。例:苦手な音域がうまくいかなかったときは、得意な音域がうまくいかなかったときに比べて低く評価している。


普段は生徒と教師の一人二役で練習を重ね、かなり演奏が改善してきた感触があったのですが、こういう恐怖、義務などの感情に襲われたときは難しいものだと実感しています。
「結果を求める」当然の欲求を、どのように実行段階に落とし込んで本来の目標達成に至るか、さらに実験をしていきたいと思います。

いよいよ今週末からリハーサル2回、年明けて本番6回、頑張っていきます。

結果達成のための手段

2012年12月22日
ひとは皆「正しいことをしている」と感じたいでしょう。
それが自分にとって大切な活動ならなおさらです。

私がトロンボーン演奏に不調を感じて医師のもとを訪れ、フォーカル・ジストニアの診断を受けてリハビリを開始したころの経験です。

医師のもとで状態を見せてくださいと言われ、「こんなパッセージが演奏しにくいんです。」とうまくいかないことをやって見せようとしたら、いつもより上手くいってしまう…という体験を何度かしました。

なぜ上手くいってしまうのか、逆に言えば、なぜいつもは上手くいかないのか。
F.M.アレクサンダー氏が著作「自分の使い方」第4章「吃音者」のところに記述しています。

   この生徒の場合は、彼が話そうとするときに、自分の有機体全体の筋肉を、異常に緊張させてしまう習
   慣があることが際立っていました。その極端な筋肉緊張が、彼のメカニズム全体の機能を阻害する要因
   で、舌と唇をうまく使えなくしていました。吃音をせずに話したいという「気持ち」から、何らかの努
   力をしようとすればするほど、すでに過度になっている筋肉緊張を増加させてしまい、望む結果が得ら
   れなかったのです。
   (中略)
   彼にとっては話すという行為を、筋肉の緊張をある程度にまで高めることと結びつけていました。そし
   て、その過度な緊張を感じるようになるまでは話すことは不可能だ、と信じるまでになっていたので
   す。
    (F.M.アレクサンダー『自分の使い方』BODY CHANCEブックコーステキスト 34~39頁)


特定の筋肉の緊張を、その動作と結びつけてしまうことによって、その緊張を「感じる」まで、その動作をできないと思ってしまう。

「正しくしたい」という当然の欲求が結果的には間違った習慣を作り出してしまっていたのです。

今まで「正しく演奏するため」にしていたことの中にある、本来は不要な、それどころが害を及ぼす事に気付き、それをやめてみると、とても不慣れな感じ、変な感じがします。そして、「正しく演奏しようとしていない」事に不安を感じるかもしれません。「努力を怠っている」ようで罪悪感を感じるかもしれません。「そんな簡単に行くわけがない」と疑うかもしれません。しかし、本来の目的は「うまく演奏すること」であり、「努力すること」でも「苦しむこと」でもありません!

大切なのは、習慣的なやり方で結果を求めることを拒否して、新しい使い方を慣れたものになるまで体験する事です。

F.M.アレクサンダーは、「この生徒の事例にみられたことは、すべての人に実際に起こっています。」とも書き記しています。

完璧主義を応援します

2012年12月04日
フォーカル・ジストニアのリスクファクターとして、「完璧主義」があげられています。フォーカル・ジストニアに限らず、「完璧主義は良くない」といった意見も最近よく聞かれます。

本当にそうなのでしょうか?

私は、舞台でパフォーマンスをするひとは、「完璧」を目指すことが不可欠だと考えています!
そして人間本来の欲求として、「自分の好きなこと、やりたいことをより良く行いたい」という考えはとても健全なことだと思います。

問題は、「完璧に演奏する」ための努力の方法なのではないでしょうか?

いつの間にか、素晴らしい演奏をしたいという健全な欲求が、「間違ってはいけない」「自分はまだまだ」「ああ、またうまくいかなかった」というような不健全な思考パターンになってしまっていませんか?

最近の一般的な指導の傾向としては、「頑張りすぎずに」とか「楽しんで演奏すればいい」などとなりがちですが、私は敢えて頑張ってくださいと言います。そして自分を「罰する」ことが完璧への近道ではないことに気づきながら、完璧に辿り着くための最善の方法を一緒に探していきます。

本来の健全な完璧主義、応援します。

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